東京地方裁判所 平成8年(ワ)10485号 判決 1998年5月26日
原告
甲野春子
同
甲野一郎
右両名訴訟代理人弁護士
秋田一惠
同
長谷川純
同
樋渡俊一
同
林浩二
被告
乙川太郎
右訴訟代理人弁護士
倉田卓次
同
宮原守男
同
倉科直文
同
佐藤博史
同
福島啓充
同
桐ケ谷章
同
八尋頼雄
同
成田吉道
同
松村光晃
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は、原告甲野春子に対し金四五六七万円、原告甲野一郎に対し金二九〇二万円、及び右各金員に対する平成八年七月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、原告らが、被告は昭和四八年六月二七日ころ、同五八年八月一九日ころ及び平成三年八月一七日ころの三回にわたって原告甲野春子(以下「原告春子」という。)を強姦したものである旨主張して、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告春子において右三回の強姦により被った精神的損害に対する慰藉料(四〇〇〇万円)及び弁護士費用(五六七万円)の合計四五六七万円の損害金、原告甲野一郎(以下「原告一郎」という。)において右昭和四八年六月二七日ころ行われた強姦行為により被った精神的損害に対する慰藉料(二五〇〇万円)及び弁護士費用(四〇二万円)の合計二九〇二万円の損害金(ただし、右各金員は、前記第二、第三回目の強姦行為により被ったという損害との合計額である。)、並びに右各金員に対する訴状送達の日の翌日である平成八年七月三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ請求(以下「旧請求」という。)して本件訴えを提起し、その後本件第四回口頭弁論期日において、被告は昭和四二年八月ころから現在に至るまで継続的に原告春子に対し右三回の強姦行為を含む同女の性的人格権を侵害する行為(セクシュアル・ハラスメント)を行ったものである旨の主張を追加して(以下「本件請求原因の追加」という。)原告春子が、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前同額の各損害金の支払いを請求(以下「新請求」という。)している事案であり、被告は、本件請求原因の追加につき異議を述べるとともに、原告らの旧請求にかかる各損害賠償請求権がいずれも時効又は除斥期間の経過により消滅したと主張しているものである。
二 基礎事実(当事者間に争いがない。)
1 原告春子(昭和二年五月二九日生)は、昭和二三年六月八日、原告一郎(大正一一年四月一日生)と婚姻した。原告らは、昭和二三年五月三〇日に長男S、昭和三二年六月二三日に次男Tの二人の子供を儲けた。
2 原告らは、昭和三一年二月、訴外宗教法人創価学会(以下「創価学会」又は「本件宗教団体」という。)に入信した。
原告春子は、右創価学会への入信後、教学部教授、本部副婦人部長、道副婦人部長、婦人部中央幹部、県理事、道副総合婦人部長(第三北海道)等の要職を経て、平成四年五月に創価学会から解任されるまで、創価学会の幹部であった。原告一郎は、右創価学会への入信後、支部長を経て圏副本部長になり、平成四年五月に創価学会から解任されるまで、創価学会の幹部であった。
3 被告(昭和三年一月二日生)は、昭和二七年五月二四日、訴外Kと婚姻届けをし、同女との間に三人の男子を儲けた。被告は、昭和三五年、創価学会の第三代会長に就任し、現在、創価学会名誉会長の職にある。
三 争点
1 本件請求原因の追加は許されるか。
(被告の主張)
(一) 訴えの変更には、請求の基礎の同一性に変更のないことが要件とされているところ、右請求の基礎の同一性の判断にあたっては、訴え変更制度の趣旨及び請求の基礎の同一性が要件とされている趣旨に従い、新旧両請求の前法律的な事実関係ないし利益関係、争点、訴訟資料、証拠資料などの共通の度合いを考慮して決すべきであり、不法行為による損害賠償請求相互間における訴えの変更については、その要件事実に鑑み、新旧両請求について、①侵害行為の当事者、②侵害行為の態様、③侵害行為の時期、④被侵害利益などの観点から、新旧両請求の共通の度合いを判断すべきである。
(二) これを本件についてみると、原告らによる新請求は、その請求原因中、三回の強姦行為の部分が重複している以外は、旧請求との間の事実関係における共通性は全くなく、しかがって、事実関係を巡る争点は当然に異なり、旧請求の訴訟資料、証拠資料を新請求に利用できる密着した関係にはない。
すなわち、侵害行為の加害者は、旧請求においては、被告のみであったのに対し、新請求においては、原告らは被告以外の者による行為をも列挙して主張しているし、侵害行為の態様の面でも、新請求における原告らの主張は、いずれも旧請求における三回の強姦行為とは、主要事実において異なることはもちろん、行為態様も全く異質である。また、侵害行為の時期については、旧請求が昭和四八年、同五八年及び平成三年の各一日の行為を問題としていたのに対し、新請求では、期間が昭和四二年八月ころからの三〇年余もの間に広がり、しかもそれが現在もまだ続いているとするものであり、原告らは、全く異なった時期及び期間の主張をしているし、被侵害利益においても、原告らは、旧請求では貞操及び平穏に夫婦生活を送る権利と主張していたのを、新請求では性的人格権や平穏に信仰生活を送る権利、名誉権を主張しており、明らかに変質しているというべきである。
(三) 仮に、被告が新請求に応訴しなければならないとすると、被告の防御内容は、本来は時効期間、除斥期間の経過している各主張事実に対するものをも含め、三〇年以上にわたる請求原因にまで不当に広がる結果となり、当初の請求原因のもとでは予想されなかった証拠調べを強いられることにもなりかねないのであり、被告と裁判所の負担が甚大なものとなり、ひいては著しい訴訟遅延を招く結果となることは必至である。このように、原告らによる本件請求原因の追加を認めることは、応訴する側に不当な煩を強いるものであり、訴え変更制度の趣旨に反することは明らかである。
(原告らの主張)
(一) 原告らが、本件訴訟で請求している利益は、主として性的人格権を侵害されない利益であって、被告による三回の強姦行為は、新旧両請求のいずれの請求原因にも含まれ、訴えによって主張する利益はまさに同一であり、請求原因以前の前法律的な利益紛争という見地からいっても、原告春子の性的人格権を中心とし、これに対する侵害についての利益の紛争であることは明らかである。また、新旧両請求における権利又は法律関係の発生をきたした根本の社会現象たる事実は同一であり、各請求原因に対する判断は根幹において共通するというべきである。
(二) そして、原告らの旧請求にかかる損害賠償請求は、創価学会という宗教団体の(名誉)会長とその幹部という人間関係の中で発生した強姦行為についての損害賠償請求であるから、こうした人間関係は、請求原因の要証事実に直接又は間接に関連する事実として当然主張、立証の対象となり、さらに、この人間関係の中で発生した強姦行為以外のセクシュアル・ハラスメント(原告らが創価学会の役員を解任された以降の原告らに対するいやがらせ行為を含む。)も、この強姦行為に関連する事実として主張、立証の対象となる。
一方、新請求にかかる請求原因は、これらの強姦行為に関連したセクシュアル・ハラスメントを、強姦行為をも含めて継続的な人権侵害として法律的に構成し、損害賠償請求をしたものであって、新旧両請求における請求原因は、主張、立証の必要性についての程度の差異はあるものの、基本的な権利回復の請求として同一のものである。
(三) 仮に、請求の基礎の同一性がないとして、本件請求原因の追加が不許となったとしても、原告らは、新請求を別訴として提起することになり、これは当然東京地方裁判所に係属することとなり、原告らと裁判所に無意味な負担が増える結果となるものである。したがって、被告の主張は、訴訟経済の見地からしても無意味なものである。
2 原告らの旧請求にかかる損害賠償請求権につき、
(一) 消滅時効は成立しているか。
(二) 除斥期間は経過しているか。
(被告の主張)
(一)(1)そもそも、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、被害者が損害及び加害者を知った時からその進行を開始するものである(民法七二四条前段)ところ、原告らの主張によれば、原告春子は各強姦行為がなされた時点において、その損害及び加害者を知っていたことになるのであるから、各損害賠償請求権の消滅時効は、各強姦行為がなされたという時点から開始するものというべきである。そして、原告らの主張によれば、被告の強姦行為は、第一回目が昭和四八年六月二七日ころ、第二回目が昭和五八年八月一九日ころ、第三回目が平成三年八月一七日ころになされたとするものであり、いずれも三年以上の年月が経過していることが明らかである。したがって、原告春子の各損害賠償請求権がいずれも時効消滅していることは、原告らの主張自体から明白であるといえる。
(2) 被告は、本件第一回口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。
(二) また、原告らの主張によれば、第一回目の強姦行為は昭和四八年六月二七日ころになされたというのであるから、右強姦行為(不法行為)に基づく原告らの各損害賠償請求権は、すでに発生してから二〇年以上を経過していることが明らかであり、いずれも右二〇年の除斥期間を経過した時点で法律上当然に消滅したものである。
(原告らの主張)
(一) 権利行使の不可能性
(1) 不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効の規定が、民法総則の「時効」の規定の特則である以上、原則である総則の「時効」の規定も特則の規定に反しない限りにおいて適用されることは当然であるから、民法一六六条一項の「消滅時効ハ権利ヲ行使スルコトヲ得ル時ヨリ進行ス」との規定も不法行為による損害賠償請求権の消滅時効に対して適用され、およそ被害者において、損害賠償請求権の権利行使が不可能な状態にある場合においては、同請求権の消滅時効は進行しないものというべきである。
(2) ところで、本件においては、被告個人と宗教団体とが一体化しており、被告に対して損害賠償の請求権を行使するということは、宗教団体攻撃とみなされるものであり、したがって、原告春子が被告に対して損害賠償請求権を行使することは、同原告が当該宗教団体内部にいる限り、自らが所属し、精神的基盤となっている当の宗教団体自身から自己が激烈な攻撃を受けること、すなわち自己の存在そのものが否定されることを意味し、同原告が当該宗教団体内部にとどまり、又はその呪縛を受けている限り、被告に対して損害賠償請求を行うことは到底不可能なことである。
このように、原告春子が長年の間、指導者としての被告の圧倒的な力(本件宗教団体における被告の地位は、単なる信徒団体の代表者、信仰の先達といったものとは全く異なり、御本尊を譲るべき立場に立つのみではなく、ほとんど仏そのものといっても過言ではない。)の下にあったこと、本件宗教団体の日蓮正宗内において占める地位の高さも絶対的なものであり、日蓮正宗の僧侶の地位をも超えるものであったこと、したがって、そのような団体又は会長に反逆することやその実態を暴露し権威を失墜させることに対しては、教義の上でも、また信仰の継続性の上でも、さらに現実的にも種々の制裁が待ち受けていたこと、原告春子と被告は、会員に対する日常的な支配、管理が厳しく離脱も困難であるような宗教団体の(名誉)会長と一会員(幹部)という特別な関係にあり、被告の原告春子に対するいたぶり、支配、抑圧が継続的で特別に執拗であったこと(被告は、同原告のことを「二号さん」「女王様」等と呼んでいた。)、他方で被告は原告春子に対して、甘言、高価品の贈与、「勲章」の授与、あるいは原告一郎に対する仕事の発注等巧妙な懐柔術を用いていたこと、原告春子だけでなく、原告一郎及び原告春子の両親ら同原告の家族も同一の宗教団体に属していたこと、その結果、原告春子が被告に対し、損害賠償請求権を行使することは、原告一郎ら原告春子の家族も宗教団体にいられなくなることを意味し、また、強姦という不法行為の特殊性、被害の内向性からして、原告ら夫妻が当該宗教団体による呪縛から離れ、事実を客観視することが可能となるまでは到底不可能であったこと等に鑑みれば、原告春子は、早くとも平成八年二月時点までは加害者に対する損害賠償請求が事実上不可能であったものといえ、その時点までは右損害賠償請求権の消滅時効は進行しないものというべきである。
(二) 強姦という不法行為の継続性
強姦という行為は、その行為時に被害が終了するものではなく、被害は、被害者の精神、身体において深化し、時間の経過とともにかえって深刻な事態が生じるから(本人の心の傷を深め、夫や子、その他家族に対する気遣い、負い目により精神的負担が重なり、その人格を除々に破壊していく。)、強姦行為においては、精神的障害の悪化が新たに起きなくなるまでの間被害は継続しており、不法行為は継続する。したがって、被告に対する損害賠償請求権の消滅時効は、平成八年二月までは進行しないというべきである。
(三) 権利の濫用
被告が、本件のように宗教団体の会長という会員(信者)の信望を集める立場、地位を悪用し、一会員(幹部)が信頼して接してくるのを奇貨として、原告春子に対し強姦という非人道的行為を行い、その後も宗教団体の(名誉)会長と一会員(信者)という関係を悪用して強姦を重ね、しかも、同関係を悪用して原告らに対し、損害賠償の追及をすることが不可能な状態においておきながら、右損害賠償請求につき時効を援用することは、民法一条三項が禁止する権利の濫用に該当し、許されないというべきである。
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件請求原因の追加の許否)について
1(一) 本件記録によれば、原告らは、旧請求につき左記の事実を請求原因として主張していることが明らかである。
記
(1) 第一の強姦行為
被告は、昭和四八年六月二七日ころ、函館文化会館開館式のため、函館に来航し、北海道亀田郡七飯町大沼一三七番地一所在の函館研修道場大沼研修所三階の同人専用寝室を宿泊先としていた。被告は、同日ころ夜、原告春子が被告のために寝具の支度をしようと同室に上がっていった際には、同室の隣りの部屋で机に向かっていた。被告は、原告春子が右隣室と寝室との境の襖を布団を敷く間に閉めようとすると、同女に対し、「そのままでいいよ。」と言った。そこで、原告春子がそのまま布団を敷き始めたところ、被告は、原告春子が被告の方に背中を向けているのを奇貨として、同女に対し、いきなり後ろから飛びかかった。被告は、原告春子が被告の右勢いのため突き飛ばされる様な形で右布団の上にうつ伏せに倒れかかったところを、口等を左手で押さえつけ、洋服を右手ではぎとり、下着等を破り取って、体を強く押さえつけ強姦した。原告春子は、被告に全体重をかけられ押さえつけられ、息もつけず、声も出せず、また強姦のショックの余り気を失うほどの暴行であった。被告は、原告春子が気がついて這うようにして周辺に散らばっていた洋服、下着等をかき集めて逃げようとしたところ、「しばらくそこにいろ。」と押し殺した声で同女を脅し、その足首を押さえる等した。原告春子は必死で逃げたが、被告は、「誰にも言うな。」と逃げる原告春子の背中に脅し文句を投げつける等した。原告春子は、被告の強姦行為により膝と頭部に打撲傷を負った。
(2) 第二の強姦行為
被告は、昭和五八年八月一九日ころの午前七時半ころ、前記函館研修道場敷地内の喫茶室「ロアール」において、原告春子が右喫茶室の業務準備で同室内のテーブル等を拭いていたとき、開いていた入口から同喫茶室に入り、被告が入ってきたのに気付かない原告春子に後ろから襲いかかった。被告は、驚きあわてて瞬間的に自分の体を支えようとしていた原告春子をテーブルに押さえつけ、体重をかけながら自分の脚をかけて同女の脚を払った。そのため原告春子は、思わず倒れ、その際、テーブルの角に体を打ち付けた。被告は、原告春子の襟首を捕まえ、後ろに洋服を強く引っ張る等したため、同女の洋服は裂けた。被告は、執拗に原告春子を床の上に押さえつける等の暴行をし、その挙げ句に同女を強姦した。被告は、右第一の強姦後、原告春子を「二号さん」等と呼んでいたが、この第二の強姦直後にニヤッと笑いながら、「二号さんの顔を見に来たんだよ。」等と言ってズボンを引き上げた。原告春子は、右強姦行為による暴行で、打撲挫傷等の傷害を受け、約三か月以上、打撲した痛みが消えなかった。
(3) 第三の強姦行為
被告は、平成三年八月一七日ころの午前七時半ころ、原告春子が前記函館道場内を一人で歩いていたところ、同女に側面から突然襲いかかり、地面に突き飛ばした。原告春子は横倒しになり、その時に頭を強打した。そして、被告は、原告春子の首を締め、同女は、その強さと痛さで窒息状態となり、これは殺されるのではないかと激しい恐怖を感じた。被告は、原告春子の右手を取り、これを背中にまわさせて同女の上にのしかかり、被告自らの体重を利用して原告春子の抵抗を封じる等して洋服、下着等を破り取って強姦した。被告は強姦後も原告春子の上からのしかかっていたので、同女は、息もできずに必死でもがきながら口のあたりに来た被告の腕をかじる等して抵抗し、少し被告の締め付ける手がゆるんだ隙にその場に散らばった洋服等を拾って逃げた。原告春子は、逃げる際被告が追いかけてくるのではと怯えて肩越しに振り返った折に、被告が下卑た笑いを浮かべていたのを鮮明に記憶している。なお、右被告の強姦により、原告春子は、額が大きく腫れ上がる等の傷害を受けた。
(二) 本件記録よれば、原告らは、新請求につき左記の事実を請求原因として主張していることが明らかである。
記
(1) 性的人格権侵害(セクシュアル・ハラスメント)の意義
性的人格権侵害(セクシュアル・ハラスメント)とは、以下のものと観念される。すなわち、雇傭上、信仰上、その他これに準ずる継続的な権力関係のもとにおいて、これを利用してなされる以下の行為である。
① 性的要求への服従または拒否を理由に、継続的な権力関係上の利益または不利益に影響を与えること
② 相手方が望まないにもかかわらず、あるいは継続的な権力関係の利益または不利益を条件として、性的誘いかけをなし、または性的に好意的な態度を要求すること
③ 性的な言動・展示等により、不快の念を抱かせるような継続的な権力関係下の環境を醸成すること
④ 性的人権侵害を受けた相手方が、抗議、抵抗その他これを抑制しようとする行動をとったとき、こうした相手方の行動に対して、これを正規の手続きで解決せず、継続的な権力関係の利益または不利益に影響を与え、あるいは暴力的、脅迫的な言動によって右抵抗行動を中止または停止させようとすること
(2) 継続的な権力関係の形成
創価学会は、日蓮正宗の信徒団体として牧口常三郎初代会長が昭和五年に創設した「創価教育学会」を前身とするとされ、昭和二一年戸田城聖第二代会長により「創価学会」の名に改称し、昭和二七年九月八日、日蓮正宗の信徒団体であることを前提として独自の宗教法人格を与えられている団体である。なお、同団体は、平成三年一一月二八日、日蓮正宗から破門されている。被告は、昭和三三年三月の戸田城聖第二代会長の死亡により、同学会総務に就任し、昭和三五年五月三日創価学会第三代会長に就任し、以後昭和五四年四月に同会会長を北條浩氏(第四代会長)に譲るまでこの地位にあり、以後同会の名誉会長となり、現在に至っている者である。
被告は、戸田城聖第二代会長死亡後、創価学会の実質的なトップとして、同学会の人事、財務、対外活動等の全ての決定権を有しており、同学会の活動を実質的に指導している。
原告らは、昭和三一年二月二六日、日蓮正宗に入信した。原告らは、そのころから函館地区の創価学会の活動に関与することとなり、それ以降創価学会の活動の基調といわれている諸活動に従事することとなった。すなわち、折伏、弘教の実践、個人指導の実践、座談会への参加、開催及び教学の研鑽の実行等である。更に、原告らは、公明政治連盟(公明党の前身)の時代から選挙活動の参加し、また財務と呼ばれる多くの寄付を行ってきた。とりわけ原告春子は、折伏活動に力を発揮し、個人折伏、応援折伏により多くの者を創価学会に入信させた。
こうして、原告らは、創価学会員で形成するコミュニティーに属することとなり、友人関係、人間関係を主として創価学会に属する会員間で形成することとなった。さらに原告らは、熱心な宗教活動が認められ、原告春子は、昭和三二年一一月地区担当、昭和四〇年八月東函館支部婦人部長、同一〇月函館総ブロック委員と幹部コースを駆け上がり、昭和四二年八月一三日には婦人部企画部員となり、東京で開催される婦人部会合に出席し、東京で決定された事項を地元の婦人部企画会議に持ち帰ること等を任務とするようになった。また、原告春子は、この後も昭和四六年三月総合本部長(函館第一、第二、亀田、渡島四本部の総合本部長)、昭和五一年四月函館圏婦人部長、昭和五四年一〇月北海道副婦人部長、昭和五六年六月函館圏総合婦人部長、平成三年七月第三道副総合婦人部長に就任し、北海道婦人部ではナンバーツーの地位に就いた。
この間、原告春子は、父母及び四人の弟妹を入信させる等、家族係累を次々と入信させた。また、原告一郎も創価学会の幹部として活動し、創価学会を通して信仰生活を送っていた。
原・被告間の右のような関係の結果、原告春子が被告に面識を持った昭和四二年八月から原告らが被告を提訴する決意を固めるまでの間、原告春子と被告は継続的な権力関係のもとにあった。すなわち、原告春子が被告の性的人格権侵害行為に対して抵抗、拒絶、告発等することは極めて困難な状態にあった。原告春子が右のような抵抗行動をとることに対して、原告春子には以下のような不利益が予想された。
① 原告らの信仰の場の喪失
② 原告らの友人、知人等コミュニティーからの離反、反目、攻撃
③ 創価学会員からの攻撃
④ 原告一郎の苦悶、悲嘆、叱責、原告一郎との離婚
⑤ 原告春子の家族との離反、義絶
被告は、原告春子の右の様な状況をよく認識しており、同女が被告の性的人格権侵害行為に積極的な抵抗が出来ないと考えていた。
この様な状況の下においては、原告春子は、被告との間で、前記(1)の性的人格権侵害の意義の項で述べた、継続的な権力関係の下に置かれていたものといえる。
(3) 被告の原告春子に対する性的人格権侵害
被告の原告春子に対する性的人格権侵害は、被告の原告春子に対する強姦行為に端的に表現されるが、右行為だけでなく、昭和四八年以降平成三年に至るまで、主として北海道亀田郡七飯町の函館研修道場やその周辺において断続的に行われ、さらに右以降も現在に至るまで、被告は、右性的人格権侵害に抵抗しこれを告発しようとする原告らに対し、被告の権力下にある創価学会組織を利用して、継続的な脅迫、嫌がらせを行い、もって原告春子の性的人格権を侵害してきた。その主な侵害行為は以下の通りである。
① 原告春子は、昭和四二年八月ころ、婦人部企画委員に就任し、定期的に上京するようになり、この当時創価学会函館支部の運営が順調でなかったことから、函館幹部全員が被告と会い、被告の指導を受けることとなった。原告春子が被告と最初に面識を持ったとき、被告は、原告春子を見つめ、「あなたは○が二つあるね、あなたは×に○じているね。」「あなた、お婿さんを貰ったのですか。」と言って、同女に対する興味を示した。
② 昭和四七年六月、被告は来函した。被告は、原告春子に対し、「ああ来たよ。」と挨拶し、大沼会館で一泊して帰京した。原告春子は、そのころには、函館圏の総合本部長となっており、名実ともに函館の中心幹部となっていた。
③ 昭和四八年六月二五日、被告は、主として函館文化会館の開館式のために来函し、原告春子は、被告一行の応接のため、函館研修道場二階にいて、被告ら一行の食事の世話、被告の身の回りの世話を行った。被告は、原告春子に対し、「甲野さん、とうとう来たよ。ここはあなたが作ってくれたんだってね。」と言い、同女の活動に感謝の意を表した。被告は、「懇親の夕べ」のバーベキューの際、原告春子が参加していないと不満を言い、そのため、同女が加わってバーベキューを開始した。
④ 右のような原告春子に対する被告の強い関心下で、被告の原告春子に対する第一の強姦事件が発生した。右強姦行為は、原告春子に対して突然になされ、同女にとっては青天の霹靂であった。
⑤ 強姦事件の翌日、被告は、研修道場の三階から朝食に降りてきて、原告春子の正面に立ち、「おはよう。」と声を掛け、「夕べはよく眠れたかい。」「眼が少し赤いね。」等と何事もないかのように同女に応対した。
⑥ 昭和五三年六月、被告は来函した。原告春子は、当時、函館圏婦人部長の役職に就任していた。被告は、来函の際、原告春子に捧げると称して「函館に歴史を残せし光る君」と歌を詠み、「今回は二号さんのことが心配だから来たんだよ。」等と同女を他人の面前で、「二号さん」と呼び、北海道の幹部に被告と原告春子の間に特別の関係があるかの如き言辞を述べた。中道文化会館の階段を昇る際、原告春子が被告の後ろについて来たとき、被告は、後ろを向いて自分の口を原告春子の口に押しつけようとした。原告春子がこれを拒否したところ、被告は「冷たい人だ。」と原告春子をにらみつけた。中道文化会館の三階では、被告は、被告の妻の面前で原告春子に足を揉むように指示して、寝そべって足を揉ませた。
また、他の人に聞こえぬ所で、被告は、原告春子に「ご主人には言うな。」「男の焼きもちは怖いからな。男の焼きもちは家をも焼くんだよ。」と繰り返し述べ、口止めし、脅迫した。被告は、幹部の前で、「甲野さんはたいしたものだ。大変なところを頑張って来たから今回は遊ばせてあげるよ。」「二〇年は甲野さん中心にやりなさい。これからも甲野さんでいくよ。」と言い、原告春子には、「あなたは役職何が欲しい。」「市会議員か、道会議員か、何でも好きな役職を選びなさい。」等と言い、同女の被告に対する反発を和らげようとした。
⑦ 昭和五七年六月二〇日、第九回大沼伝統の集いが開催され、被告は来函した。その席上でも被告は、原告春子に捧げると称して「信心の権化の如く走りたる広布の母と諸天ぞ讃えむ」との歌を詠んだ。被告は、原告春子を函館研修道場内の喫茶室「ロアール」の責任者に任命し、「売上げはあなたの自由だよ。」等と述べて、同女を取り込もうとし、同女に「僕に近くなりなさい。僕の近くになれば、金色となるんだよ。福運がつくんだよ。」等と言って、春子の歓心を買い、強姦の口止めを図った(なお、「金色」とは仏のことである。)。
また、被告は、幹部の前で相変わらず、「二号さんはどうした。」「二号さんは元気か。」等と言って原告春子を二号と呼び、被告と原告春子に特別な関係があるかの如き言辞を述べた。
⑧ 昭和五八年八月一四日、被告は、札幌で開催された北海道文化祭(第三回世界平和文化祭)に出席した。同日被告は、同文化祭の会場の入口に並んでいた原告春子を見つけ、「ああ来てたのかい。(甲野さんのところへ)行くよ。」と告げた。
同年八月一七日、被告は、札幌から汽車で大沼公園に到着し、函館研修道場に入った。原告春子は被告滞在中は喫茶室ロアールの責任者としてこの場に常駐しなければならなかったが、被告は右「ロアール」に何度も来て、側近とアイスコーヒーを飲んだり、ところてんを食べたりした。
右のような状況下で、被告は、再度の強姦という凶行に及んだ。第一回の強姦行為から既に一〇年が経過し、原告春子はもはやこのようなことはないと思っていたが、被告は凶行に及んだのである。この後も被告は、函館研修道場に滞在中、何事もなかったかの如く、側近を連れて喫茶室ロアールを訪れ、平然と振舞っていた。
⑨ 昭和五九年三月、ブラジル文化祭の行事の為、総勢数百人で創価学会員が大挙してブラジルを訪れた。北海道においては、当初は斉藤順子が北海道の副団長として参加する予定だったが、原告春子が突然副団長に指名され、やむなく同女もこれに参加した。右旅行期間中、被告側近の田中伸子が「甲野さんも一緒に来てるんですね。」と挨拶に来たり、同じく側近のEが原告春子に挨拶に来て、「私と乙川先生は普通の関係ではないのよ。」等と語ったりした。
⑩ 昭和六二年七月、被告は来函した。被告は、大沼公園に到着し、車から降りるなり出迎えた原告春子に対し、「二号さんがどうしているか心配で来たんだよ。」と幹部の前で口にした。さらに昭和五八年当時と同じく、原告春子はロアールの責任者であったため、ロアールに常駐することを義務づけられていたが、被告は、今回も何度もロアールを訪れ、原告春子が接客を後輩に託して奥に隠れていると、「二号さんはいないのか。」と皆の前で平然と言っていた。原告春子は、この年、後任にロアールの責任者を引き継いだ。
⑪ 平成三年八月、被告が来函し、空港を経て大沼研修道場に到着した。この日被告は、側近に「女王様はどうした。」「二号さんはどうしたんだよ。病気か。明日は来るのか。今日はどこにいるんだよ。」等と言って原告春子を呼び、翌日勤行会に出席した同女を呼び寄せ、幹部の前で「甲野さん、昨日はどうして来なかったの。どこにいたんだよ。何があったのか。僕はね、昨日あなたが来なくて気分が悪かった。」「あなたは今日から乙川党だよ。」等と言い、「この人はいい人だから皆守れよ。僕もどんなことがあってもこの人を守るからな。」等と言い、同女を特別扱いしていることを幹部に示した。被告は、原告春子に金褒賞を授けた。被告はまた、「ご主人には言うな。あなたに今後何があっても僕はあなたを守るから。」と言って口止めをした。
⑫ 右のような中で、第三の強姦が為された。
原告春子は、まさかそのようなことはもうないと思っていたが、用心のため、二人だけの場にならないようにしていた。それにもかかわらず、隙をつかれて第三の強姦がなされたのである。
⑬ 事件の当日、被告は、午前九時半からラジオ体操に参加したが、原告春子は出て行けなかった。被告は、「二号さんはどうした。」と尋ね、側近が「まだ見えていません。」と答えると、「そうか、ゆっくり休ませてやれ。」と述べ、周囲の者の不審を買った。
⑭ 平成三年八月一九日ころ、強姦行為後、勤行会の後の会食に原告春子も出席したが、被告は、原告春子を見つけ、紫陽花の花を指して「これは甲野さんの花なんだよ。」「二号さんの花なんだよ。」「二号さんというのは蔭でひっそり咲いているものなんだよ。」等、暗に同女の口を封じるような発言をした。
⑮ 原告春子は、三度に亘る強姦致傷と被告から数々の辱めを受けたことについて長年思い患ってきたが、平成二年八月三〇日母、平成三年一〇月一三日父が相次いで死亡し、原告春子がこれを告発することによって最も苦しむ両親を失ったことから、今これを告発しなければ自分の信仰生活とは何だったのかと考え、平成四年四月ころ、被告に右行動を抗議告発する決意を固めた。
原告春子は、平成四年五月八日、原稿用紙二一枚に昭和三一年の選挙活動の時からの出来事、被告の強姦行為、北海道の幹部の行状を記載し、更に「あなたの今までの行動を全部世間に発表し、宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける」と記載して、これを被告宛に速達郵便で郵送したところ、平成四年五月一三日、北海道創価学会高間孝三副会長より電話を受け、翌日函館の乙川平和会館に来るよう呼出しを受けた。翌五月一四日、原告らが乙川平和会館に赴いたところ、大黒覚、高間孝三、宮川听也の各副会長及び石田耕造青年部長らがいて、原告らは低い場所に座らされ、右高間より辞表を書くことを要求された。原告一郎が理由を尋ねると、「内容はどうでもいい。」と言われた。この時原告一郎が、昭和五八年の柳谷正一の北海道議員選挙の時、創価学会の各世帯から一世帯各五万円の選挙資金(寄付)を集めたことに触れ、「この時の金をどこにやった。」と尋ねたところ、右大黒及び高間両副会長は顔を青ざめて席を立ち、同人らの話はこれで中断してしまった。
翌五月一五日、右大黒副会長は、原告春子に架電し「甲野さん、解任します。」と伝えてきた。
⑯ 原告春子は、平成四年五月一八日、前回記載した内容と同内容の文書を再度被告宛に速達郵便で郵送した。
⑰ 平成四年五月一〇日ころ、原告らに対し、清水菊枝、山本照子及び高石シゲ子の三名の代理人である小泉健弁護士から内容証明郵便による催告書が配達された。右以降、原告一郎は、創価学会員による訴訟を次々と受け、この対応に忙殺されることとなった。
⑱ 原告らは、平成四年五月一五日の夜から無言電話を受けることとなった。原告春子が電話を取ると無言のままの電話が続き、電話を切ると再架電してくるのである。右電話は一晩中続き、こうした無言電話は昼となく夜となく平成八年六月ころまで殆ど連続して続くこととなった。
⑲ 平成四年六月ころから以降現在に至るまで、原告春子が外出すると創価学会婦人部幹部が待ち伏せしており、同女に近づいてきて、組織的に「乙川先生を裏切った、裏切り者、バチを受ける。覚えてろ。」「恩知らず。」「今に地獄へ行くことになる。」と口々に罵った。
⑳ 平成四年七月ころから現在に至るまで、一週間に二回位から一か月に一回位、創価学会員が原告ら宅の玄関のブザーを執拗に鳴らし、原告らに面会を強要した。
平成八年二月ころから現在に至るまで、原告春子が外出すると車による尾行を繰り返し、原告らを恐怖に陥れた。
平成八年六月ころから原告ら宅を監視下に置き、原告ら宅の付近で車を駐停車させ、望遠鏡で原告ら宅の生活を覗き見た。
(原告らへの文書による誹謗、中傷)
原告春子は、平成八年二月二二日「週間新潮」に本件強姦行為を告白し、同誌はこれを三回に亘って掲載した。
被告は、原告らの告発に対し、明示または黙示に創価学会関係者に指示を与え原告らの抵抗行動を諸々の手段で中止または停止させようとした。原告らの行動に対する妨害は多種多様な態様のものであるが、とりわけ原告らの行動、人格に対し多くの文書が発行され、多くの人格攻撃、誹謗、中傷がなされている。
(イ) 原告らは、原告らに判明しているだけでも以下に述べるような文書により誹謗、中傷を受けている。
・ 「聖教新聞」平成八年二月二三日、二月二四日、二月二五日、二月二六日、三月一日、三月四日、三月六日
東京都新宿区信濃町一八聖教新聞社
・ 「創価新報」平成八年三月六日、四月三日
東京都新宿区信濃町一八 聖教新聞社内創価新報発行会
・ 「潮」平成八年五月号、九月号、一一月号
東京都千代田区飯田橋三―一―三株式会社潮出版社発行
・ 「第三文明」平成八年四月号、八月号、九月臨時増刊号、一二月号
東京都新宿区三栄町九―三 株式会社第三文明社発行
・ 「月刊TIMES」平成八年一〇月号、一一月号
東京都新宿区若葉四―二二―一五離宮ハイム五〇一 株式会社月刊タイム社発行
・ 「政界」平成八年五月号、平成九年二月号
東京都千代田区永田町二九―八―八〇五 株式会社政界出版社
・ 「自由」平成九年二月号、三月号
東京都文京区水道二―六―三 自由社
・ 「KEY WORD」なる文書平成八年二月号
東京都新宿区四谷四―三〇―二三―五〇二 発行所オフィスペン
・ 「週刊函館市民新聞」第八三〇号
北海道函館市高盛町一六番二号 函館市民新聞社発行
・ 「もう黙ってはいられない 甲野夫婦を告発する被害者の会」なる会報一号から二二号
住所不明 私書箱 函館中央郵便局私書箱六三号
FAX 〇一三八―二三―四五三五または〇一三八―四一―四五一三
・ 小冊子「もう黙ってはいられない」「甲野夫婦(一郎・春子)を告発する」なる小冊子
住所不明
TEL 〇一三八―四三―五三三一
FAX 〇一三八―四一―四五一三
・ 「女の人権・男の人権」一号
住所不明 私書箱 札幌市厚別郵便局私書箱三九号
・ 「女の人権・男の人権を考えるおんなの会」発行
(ロ) 右の各文書による誹謗、中傷は以下の通りの特徴がある。
・ 主として創価学会系と言われるマスコミ文書に掲載されていること
・ 創価学会系のマスコミといわれていない文書については、発行主体がきわめて曖昧であって、掲載主体との連絡が困難であること
・ 掲載内容が一方的で、原告らに対する誹謗、中傷に終始していること
・ 情報の出所が一方的であって、裏付調査が全くなされていないこと
・ 情報の取得、情報の配布先がきわめて組織的であり、徹底的であること
・ 大量の物量に支えられ、多くは広範囲な対象に無料で配布されていること
(ハ) 以下、右文書の中でも原告らを冒している文書を例示する。
・ 「潮」九月号「虚偽の告白の怖さ―映画『噂の二人』を想起させる甲野事件 マッカーシズムと闘った劇作家リリアン・ヘルマン原作の映画『噂の二人』にみる作り話が引き起こす悲劇」という表題で、上条由紀(作家)の記事を掲載、リリアン・ヘルマンの戯曲「子供の時間」を紹介し、子供の嘘が原因で寄宿学校が閉鎖され、関係者が傷つく悲劇を紹介し、甲野事件もこれに重ね合わせて告白記事が反創価学会派のシナリオによって作られたことは間違いないと述べた。
・ 「潮」一一月号「『訴状という衣を着た嘘』の報道は許されない―甲野訴訟の問題点『不当提訴』とそれを情報操作に使うメディアの人権侵害」という主題のもとに、本件訴訟を「嘘」であるとして訴訟提起自体を非難した。
・ 「第三文明」八月号「ウソ・欺瞞まみれのレイプ報道 人権嫌いの週刊新潮が老女をかばう黒い理由」という表題で、週刊新潮が甲野事件を取り上げたのは政治的な意図があるとする憶測記事を書いた。
・ 「第三文明」九月臨時増刊号 「甲野問題を仕組んだ側は今、『これは女性の人権をめぐる問題』などといっては、しきりに女性団体に働きかけているという。それを真に受けている向きも一部にあるらしいが、冗談も休み休みにしてもらいたいものだ。何を勘違いしているのか知らないが、背後の構図を暴いてみれば、そんなキレイな話ではない。もし、人権という言葉を使うのであれば、「こんな捏造記事、狂言訴訟を野放しにするならば、この先、『誰に対しても』『どんな人権侵害事件でも』起こり得る。」ということだけであろう。その意味でも、この前代未聞の謀略訴訟を許してはなるまい。」
・ 「第三文明」一二月号「開いた口がふさがらない!甲野側弁護士の醜悪極まる情報操作スキャンダリズムを煽る秋田弁護士の問題発言」と題し、公判後の記者達とのやり取りを情報操作として批判している。
・ 「月刊TIMES」四月号「しかも、三度目は六〇に手が届く老女の肉体を弄んだことになる。普通の感覚からすれば、これは尋常なことではない。今の日本では普通のセックス報道では誰も驚かなくなっているから、『週刊新潮』はシルバーセックスとしてあえて報じたのであろうか。」「老女はもう六八歳になる。もはや女として認めてもらえない年代である。まして、大幹部として活躍した時期が長かっただけに、世代交代にはやりきれないものがあったであろう。もうひと花咲かせたいという思いがあったとしても不思議はない。」等、原告春子を愚弄している。
・ 「月刊TIMES」一一月号「宗門、自民、共産、反学会ライター、反学会勢力が結集した甲野手記の水面下」「甲野手記は、創価学会のイメージダウンだけを狙った甲野春子による悪質な捏造手記であり、創価学会に対する藤原広行と阿部日顕の意趣返しの疑いが濃厚である。更に甲野事件の背後には自民党亀井静香代議士、共産党がおり、甲野事件の弁護士を選任する際には山崎正友が登場する。」というものであり、甲野事件はこれらの者の謀略であるとするものである。
・ 「甲野夫婦を告発する被害者の会」の発行文書「被害者の会」は、「もう黙ってはいられない」という名称の会報を以下に述べるように一号から二二号まで発行し、原告らを始めとして原告らの居住するマンション全戸にこれを配布し(一号から一六号まで)、函館の創価学会員に配布している。さらに同会は、これらの一部を原告らの次男にまで送付している。
右会報の発行日は、平成八年三月二三日(創刊号)、同月二四日(第二号)、同月二七日(第三号)同月三〇日(第四号)、同年四月三日(第五号)、同月七日(第六号)、同月一〇日(第七号)、同月一六日(第八号)、同月一九日(第九号)、同月二〇日(第一〇号)、同月二八日(第一一号)、同年五月二日(第一二号)、平成八年月日不明(第一三号)、同年七月二〇日(第一四号)、同月二一日(第一五号)、同年八月二二日(第一六号)、同年九月一二日(第一七号)、同年一〇月一〇日(第一八号)、同年一一月一四日(第一九号)、同年一二月一四日(第二〇号)、同九年一月(第二一号)、同年二月九日(第二二号)である。
右の各文書は、いずれも原告らに対する誹謗、中傷に終始し、口汚く原告らを罵っている。以下、その一部を抜粋して内容を明らかにする。
・ 「創刊号」
「銭ゲバ」という言葉がある。他人を踏み付けたり不幸に陥れても一向に悔いることなく、金銭をむしり取るような人間のことである。この函館にも甲野一郎・春子夫婦という「銭ゲバ」がいる。甲野夫婦は、言葉巧みに善意の人達から次々と高額の借金をしておきながら、まともに返済をしないという極めて悪質な金銭トラブル等を引き起こしてきた。私達がその被害者である。
・ 「第三号」
原告春子の実妹であるM(創価学会員)を登場させ、以下の通りの記事の記載となっている。「姉の春子と一郎夫婦は、あまりにも自己中心的で身内に対しても思いやりのかけらもなく、私達兄弟や、両親(故人)はいつも嫌な思いばかりをしてきました」「春子は幼い頃から手柄はすべて自分のものとするようなずるい性格でした。とても残念ですが、その為、皆から『ズルの春子』と呼ばれていました。」
・ 「第五号」
「この嘘とスリ替えを常套手段とする夫婦は一体どこまで二枚舌を使って人々を幻惑すれば気が済むのか。一度狙いをつけたら執拗なまでつきまとって借金を強要し、まともに返済せずに催促されると恫喝する。こうした悪質な手口で次々と金銭問題を引き起こしておきながら、全く反省の色もなく善人ぶる甲野夫婦。」
・ 「第九号」
「報道と人権の会」の文書の引用で、「誰が報道被害者なのかを明確にすることが必要なのだ。まず、信仰という次元を度外視して考えても当然ながら乙川創価学会名誉会長。そして名誉会長を敬愛してやまぬ会員だ。自分にとって人生の『師』であり、また『父』のような存在である人が、全く事実無根の中傷を受けているのを見て、何も傷つかない人などいるものか。自分の親が無実なのに犯罪者呼ばわりされて平気な人はいないであろう。」
・ 「第一〇号」
「一郎が暴れ、春子が押さえる借金踏み倒す連携プレー」
・ 「第一一号」
「甲野夫婦の虚言癖はいまや社会の常識に」
・ 「第二一号」
「婦人向けの騙しの仕掛け、春子が歩けばトラブルが起こる」
(ニ) 原告らに対する文書による攻撃は、現在も継続しており、右の文書により被告は原告らの告発、事件訴訟自体に圧力をかけ続けている。
被告の強姦行為を含む右性的人格権侵害行為は、被告の原告春子に対する恋愛感情その他のなんらかの愛情に基づいて為されていたのではなく、自らの権力欲の発露等、創価学会内の権力基盤の成立を主たる目的として為されたものであると認められる。そして、右の間、原告春子は長期間にわたって苦悶の中におり、深く傷つけられた。
(4) 性的人格権侵害についての結論
被告の原告春子に対する性的人権侵害(セクシュテル・ハラスメント)は、以上述べた通り、昭和四八年六月から現在に至るまで継続的に行われた。時期的にこの不法行為を整理すると以下の通りとなる。
① 昭和四八年六月から平成四年五月末まで
被告の性的人格権侵害行為は、被告個人から原告春子に対してなされた。
② 平成四年五月から平成八年二月まで
被告の性的人格権侵害行為は、被告個人ではなく、被告の明示または黙示の指示のもとに主として函館地区の創価学会員によってなされた。
③ 平成八年二月から現在に至るまで
被告の性的人格権侵害行為は、函館地区の創価学会員のみでなく、被告の明示または黙示の指示のもとに創価学会関係者の下で全国的に行われた。
以上の通り各時期によって原告春子に対する人権侵害行為の態様はその性格を異にするが、そのいずれも性的人格権侵害行為及びこれに付随して原告らの抵抗行動を抑圧するものとして行われている。
一般に性的人格権侵害行為は、性的侵害行為の後に、これを弾劾し、被害を訴えようとする被害者に対し、更なる人格攻撃を引き起こし、これによって二次被害を発生させることがよく認められるが、本件事件においてはまさにこうした二次的人格権侵害が組織的に大々的に行われているのである。
2 以上の原告らの主張を前提に、本件請求原因の追加が許されるものであるかを判断する。
(一) 旧請求と新請求とは、同じく不法行為に基づく損害賠償を求めるものではあるが、右各不法行為を基礎付ける原告ら主張の主要事実は各別個のものであるから、その訴訟物は、これを異にするものと解すべきである。したがって、本件請求原因の追加は、訴えの追加的変更にあたるものというべきであり、これが許されるためには、新旧両請求における請求の基礎に変更のないことが必要である(民訴法一四三条)。
(二) そこで、旧請求と新請求との請求の基礎の同一性の有無につき検討するに、確かに、旧請求における請求原因と新請求における請求原因とでは、昭和四八年六月二七日ころ、同五八年八月一九日ころ及び平成三年八月一七日ころの三回にわたってなされたとする強姦行為については、原告ら主張にかかる主要事実の点で全く同一のものであり、しかも、本件記録によれば、被告は、右各強姦行為をいずれも否認しているものであるから、右各強姦行為の有無を判断するためには、右各強姦行為があったとされる時期における原告春子及び被告をめぐる具体的事情、とりわけ右両名の言動等を間接事実として明らかにする必要があるものと予想され、一方、右具体的事情は、新請求の請求原因において原告らが主張する被告の原告春子に対する「セクシュアル・ハラスメント」の事実の一部を構成するものといえる。
(三) しかしながら、原告らは、旧請求においては、昭和四八年六月二七日ころ、同五八年八月一九日ころ及び平成三年八月一七日ころの各一日における被告の原告春子に対する行為をその請求原因として構成していたのに対し、新請求においては、昭和四二年八月ころから現在に至るまでの三〇年以上にもわたる行為を継続的な一連一体のものであると主張して、これを請求原因として構成しているのであって、新旧両請求における各請求原因は、時期及び期間を全く異にするものというべきである。そして、原告らは、旧請求においては、被告を主体とした行為のみを不法行為に当たるものとして主張していたのに対し、新請求においては、全国の創価学会員や訴外聖教新聞社等のマスコミ機関など被告以外の第三者を主体とした行為をも加えて列挙した上で、被告がこれらを明示又は黙示に指示したとして不法行為に当たるものと主張しているし、また、不法行為の態様の面でも、新請求における原告らの主張は、被告による挨拶や何げない言動、あるいは訴外人による無言電話、面会の強要、原告ら宅の監視及び出版物の発行等までもが請求原因として構成されているのであって、いずれも旧請求における原告らの主張(三回の強姦行為)とは全く異なった性質のものというべきである。さらに、原告らは、不法行為により侵害された利益ないし権利として、旧請求においては貞操及び平穏に夫婦生活を送る権利を主張していたのに対し、新請求においては平穏に信仰生活を送る権利や名誉権を加えて主張しており、明らかにその内容に変更があるものというべきである。
以上のように、旧請求における請求原因と新請求における請求原因とでは、時期及び期間、行為主体、行為態様、被侵害利益等の各点で相違しているものといえる。
3 したがって、旧請求と新請求とでは、請求の基礎に変更がないものとはいえないから、本件請求原因の追加は、これを許さないこととする。
二 争点2(消滅時効の成否等)について
1 原告らは、旧請求において、原告春子が昭和四八年六月二七日ころ、同五八年八月一九日ころ及び平成三年八月一七日ころの三度にわたって、被告により強姦されたと主張し、被告に対し不法行為に基づく損害の賠償を求めているのであるから、原告春子が、右各強姦があったとされる各日に、右各不法行為の損害及び加害者をいずれも了知したことは、原告らの右主張自体から明らかである。そして、原告春子が本件訴訟を当裁判所に提起したのは、右各強姦のあったとされる各日からそれぞれ三年以上経過した後である平成八年六月五日であること、及び被告は平成八年九月二四日の本件第一回口頭弁論期日において原告春子の本件損害賠償請求につき消滅時効を援用する旨の意思表示を行ったことは、いずれも当裁判所に顕著な事実である。
2(一) 「権利行使の不能性」の主張について
原告らは、被告に対して損害賠償請求権を行使することは、原告らが当該宗教団体の内部にいる限り、自らが所属し、精神生活の基盤となっている当の宗教団体自身から激烈な攻撃を受けること、すなわち自己の存在そのものを否定されることを意味し、当該宗教団体内部に留まり、またはその呪縛(「宗教団体による呪縛」)を受けている限り、被告に対して損害賠償請求を行うことは到底不可能なことであるとして、本件損害賠償請求権の消滅時効は早くとも平成八年二月時点まではその進行を開始しないと主張する。
(1) 右「宗教団体による呪縛」の意味するところは必ずしも明白とは言い難いが、原告らは、その実体に関して次のとおり主張する。
すなわち、原告春子は、平成八年二月に至り、苦しみ、迷いながらも、夫原告一郎らに本件事件を打ち明け、その後の夫らとの話合いの中で、本件事件を公表することを決意したが、それは原告春子にとり大変な勇気を要する行動であった、しかし、事実を掲載した雑誌が発表されてみるとその反響は大きく、全国から励ましや支援の便りが届き、その中で初めて原告春子は被告を提訴する勇気を持つことができ、平成八年二月に至って「宗教団体による呪縛」が解けた、というのである。
右原告らの主張、及び弁論の全趣旨によれば、原告らはすでに平成五年一二月一五日には両名揃って創価学会を脱退していると認められることからすると、その言うところの「宗教団体による呪縛」なるものの実体は、事件を世間に公表する大変な勇気、又は被告を提訴する勇気を持てずに思い悩んでいたとする単なる心理状態をいうに過ぎないものと解さざるを得ない。
また、原告らは、「宗教団体による呪縛」から解放された時期について、「あえてこれを特定するとしたら、宗教団体の教義(命令)に反し客観的事実を客観的事実として第三者に表明することができた時と解することが相当である。なぜなら、宗教者の精神生活の中で、宗教団体の教義より客観的事実を認識する力が右の時に優ったと考えることができるからである」とも主張する。
右の「宗教団体の教義」よりも優る「客観的事実を認識する力」が何を意味するかも必ずしも明らかとはいい難いが、右原告らの主張からすると、原告春子は強姦行為が違法であるという客観的事実自体は十分に認識していながら、右の時期に至るまではこれを第三者に表明することができなかったに過ぎないということになり、したがって、ここでいう「客観的事実を認識する力」は、結局、事件を世間に公表する大変な勇気、被告を提訴する勇気といった、前記心理状態を単に言い換えたものに過ぎないというべきである。
以上のとおり、平成八年二月まで「宗教団体による呪縛」が続いたとする原告らの主張は、結局は、単に勇気が持てないとする極めて一般的な心理状態を宗教的に粉飾して言い換えたものに過ぎないのであって、何ら消滅時効の進行を妨げるべき提訴障害事由となるものではないというべきである。
(2) 仮に原告らに、本件提訴の障害となる何らかの宗教的、精神的な事情があったとしても、以下に説示するとおり、原告らの主張によれば、原告春子は、平成四年四月ころには、三回の強姦行為について被告を「抗議告発する決意を固めた」というのであり、また、同年五月には、右「決意」のもとに「あなたの今までの行動を全部世間に発表し、宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける」と記した手紙を二回にわたり被告宛に送付したというのであるから、遅くともその時点においては、「抗議告発」に出る「勇気」を持ったことになるのであり、したがって、いずれにしても平成四年五月の時点には、「宗教団体による呪縛」は解け、それ以降、消滅時効は進行を開始するものといわざるを得ない。
(イ) 原告らは、「本件宗教団体における会長、団体の地位の絶対性」から、「被告を告発、提訴することに対する制裁」として、「そのような団体あるいは会長に反逆すること、その実態を暴露し権威を失墜させることに対しては、種々の厳しい制裁が待ち受けていた」と主張する。すなわち、原告らは、「本件宗教団体における会長の地位は単なる信徒団体の代表者、信仰の先達といったものとは全く異なる。会長は御本尊を護るべき立場に立つのみではなく、ほとんど仏そのもの」であり(会長の地位の絶対性)、「本件宗教団体の日蓮正宗内において占める地位の高さも絶対的なものであった。会長に率いられた学会組織という異体同心の世界こそが、現代においては、もはや生きた唯一の仏道修行の場であり、これを守ることが御本尊様を守ることと会員らは教えこまれ、」、「御僧侶であっても、創価学会をバカにし、創価学会の団結を破壊した場合には、地獄に落ちる」ものと指導され(本件宗教団体の地位の特別性、絶対性)、このような「本件宗教団体における会長、団体の地位の絶対性」を根拠として、「本件宗教団体を批判、非難することは、明確に罪であり、厳罰の対象となり、地獄に落ちることを意味する。」(教義における制裁〔罰〕)、「本件宗教団体及びその会長に逆らうこと、背くことは同団体からの除名をも意味する。本件宗教団体からの除名は、原告春子らにとり特別に恐ろしい意味を有した。日蓮正宗の信仰は、当時は本件宗教団体を離れては実践できなかったからでる。本件宗教団体から離れて一人で日蓮正宗の信仰を貫くということはありえなかったし、寺院が学会脱退者、離脱者を受け入れなかったことは、学会員の間では当時、常識であった。従って、学会を除名、破門されることは、日蓮正宗の教えを守れないこと、御本尊を護れないことを意味した。すなわち、その者は功徳を積めず、無間地獄に落ちるのである。」(信仰を喪失する制裁)、「以上のほか、現実にも、本件宗教団体の会長乃至組織を批判した者に対して、苛酷な仕打ちがなされている」(現実的制裁)などと種々の制裁の存在を主張し、さらに、これらに加えて、「執拗な支配と巧妙な懐柔策」、「原告春子の両親への思い」、「夫及び子らとの関係」などの事情から、原告春子は「本件宗教団体による呪縛」を受けていたのであり、「原告春子が宗教団体による呪縛から逃れ、物理的にも精神的にも完全に離れ、事実を客観視することが可能となった一九九六年(平成八年)二月時点までは、同原告が加害者である被告に対して損害賠償請求を行うことは事実上不可能」であったと主張するのである。
(ロ) しかし、他方で原告らは、次のとおり、原告春子が「抗議告発する決意を固めた」うえで、平成四年五月八日と同月一八日の二回にわたり、被告に対し、抗議する手紙を送付したと主張する。すなわち、「〔平成四年〕五月八日、原告春子が被告に原稿用紙二一枚に認めた私信を速達で郵送した。内容は、三度にもわたる強姦行為、選挙のための集金活動、昭和三一年ころの公明政治連盟のこと、財務、模刻等に関して抗議するものであった」、「〔同月〕一八日、原告春子は被告に書留速達郵便で『私は絶対に貴女を許さない。』と記して送った」というのである。また、「原告春子は、平成四年五月八日原稿用紙二一枚に昭和三一年の選挙活動の時からの出来事、被告の強姦行為、北海道の幹部の行状を記載し、更に『あなたの今までの行動を全部世間に発表し、宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける』と記載して、これを被告宛に速達郵便で郵送した」うえ、さらに「原告春子は五月一八日、前回記載した内容と同内容の文書を再度被告宛に速達郵便で郵送した」というのである。そして、右手紙の送付は、「原告春子は、三度に亘る強姦致傷と被告から数々の辱めを受けたことについて長年思い患ってきたが、平成二年八月三〇日母、平成三年一〇月二二日父が相次いで死亡し、原告春子がこれを告発することによって最も苦しむ両親を失ったことから、今これを告発しなければ自分の信仰生活とは何だったのかと考え、平成四年四月頃、被告の右行動を抗議告発する決意を固めた」ことによる抗議告発行動としてなされたというのである。
(ハ) 右(ロ)によれば、原告春子は、「今これを告発しなければ自分の信仰生活とは何だったのか」との考えから、被告を「抗議告発する決意を固めた」うえで手紙を送付したというのであり、右手紙の送付等の抗議告発行動こそ、まさに原告らの主張する「仏そのもの」という「会長に逆らうこと、背くこと」、「会長……を批判」することにほかならないというべきである。また、原告らは、右手紙では、強姦行為だけでなく、本件宗教団体による「選挙のための集金活動、昭和三一年ころの公明政治連盟のこと、財務、模刻等に関して」も抗議したと主張するが、そうであれば、右「抗議」は、まさに原告らの主張する「本件宗教団体を批判、非難すること」、「本件宗教団体……に逆らうこと、背くこと」、「本件宗教団体の……組織を批判」する行為に当たるはずである。
したがって、原告らの主張によれば、原告春子は、右のような二通の手紙を送付するに際しては、その行為が「明確に罪であり、厳罰の対象となり、地獄に落ちることを意味する」こと(教義における制裁〔罰〕)や、「原告春子らにとり特別に恐ろしい意味」を有するという「〔本件宗教〕団体からの除名をも意味する」こと(信仰を喪失する制裁)、また「苛酷な仕打ち」がなされる可能性のあること(現実的制裁)を十分自覚したうえで、敢えて抗議告発のために送付したことになるものと解さざるを得ない。
そして、原告らの主張によれば、原告春子は、被告を抗議告発する決意を固めたうえで、平成四年五月八日「あなたの今までの行動を全部世間に発表し、宗教の名をかたって行った鬼のような行動を白黒はっきりつける」とまで記した速達郵便を被告に送ったというのであり、さらに、原告らの主張によれば、原告らは、同年五月一三日、高間孝三北海道創価学会副会長から呼出しを受け、翌一四日、乙川平和会館で会ったところ、辞表を書くよう要求され、翌一五日には役員を解任されたのであるが、それにもかかわらず、その三日後の一八日には、右八日付文書と同内容の文書を再度被告宛に送付し、しかも今度はわざわざ書留速達郵便で送ったというのであるから、その断固たる姿勢は原告らの主張自体から極めて明確というべきである(しかも翌年一二月一五日には創価学会を脱退しているのである。)。そうすると、右手紙の送付等の抗議告発行動は、原告春子が「宗教団体による呪縛」に陥った理由とされる前記原告らの主張に矛盾相反するものであって、到底、「宗教団体による呪縛」に陥っていたとされる者が取り得る行動とはいえないものといわなければならない。
また、原告春子の両親や夫及び子らを慮ったとする前記原告らの主張は、何ら宗教的な理由たり得ず、そもそも「宗教団体による呪縛」とは関係ないものということができるし、右原告春子の両親への配慮という呪縛の根拠は、平成二年八月及び同三年一〇月の同人らの死亡(弁論の全趣旨により認められる。)により既に消滅しているものである。さらに、幹部の地位の付与、高価品の贈答等によって生じたとされる呪縛は、原告らの主張を前提としても、遅くとも平成四年五月以降は右地位の付与や贈答等の事実が存在しないのであるから、結局、それ以降の本件損害賠償請求権の消滅時効の進行を妨げるものではない。
したがって、「宗教団体による呪縛」に関する原告らの右主張は、それ自体において矛盾しているものといわざるを得ない。
(ニ) 以上の通り、仮に、原告春子が宗教団体による呪縛に陥っていたとする原告らの主張を前提にしても、原告春子は、遅くとも平成四年五月には右呪縛から解放されていたことが原告らの主張自体から明らかであり、それが平成八年二月まで続いたとする原告らの主張は、これを採用することができない。
(二) 「強姦という不法行為の継続性」の主張について
(1) 原告らは、強姦行為においては、精神的障害の悪化が新たに起きなくなるまでの間、被害は継続しており、不法行為は継続するとの理由から、本件損害賠償請求権の消滅時効は平成八年二月までは開始しないと主張し、また、右被害が継続することの理由として、「強姦という行為は、その行為時に被害が終了するものではなく、被害は被害者の精神・肉体において深化し、時間の経過とともに却って深刻な事態が生じるから(本人の心の傷を深め、夫や子その他家族に対する気遣い、負い目により精神的負担が重なり、その人格を徐々に破壊していく)」であると主張する。
(2) しかしながら、不法行為による精神的障害が加害行為後もなお癒されず、時には増悪さえするという事態が生じることはままみられることであって、一般に不法行為の事例において、精神的被害が加害行為後長期に亙る例は枚挙に暇がない(かえって、不法行為によって生じた精神的損害が、加害行為の終了とともに消失することの方がまれであると思われる。)何ゆえ強姦の場合のみ取り上げて「被害は被害者の精神・肉体において深化し、時間の経過とともに却って深刻な事態が生じる」といえるのか理解し難い。民法は、右不法行為による精神的損害が加害行為後もなお癒されないという事態をも考慮に入れた上で、同法七〇九、七一〇条において、被害者に損害賠償請求権を認めて、右精神的損害を慰藉する方策とする一方、同法七二四条前段において、「損害及ヒ加害者」を知ったときを消滅時効の起算点と定め、それ以降三年の経過により、右損害賠償請求権が消滅するものとしたというべきである。
そして、右民法七二四条前段にいう「損害」を知るというのは、損害が現実に発生したことを知ることであり、その損害の程度や数額を具体的に知ることまでは必要ないのであって、損害の全部の発生を知らなくても、不法行為に基づく損害の発生を知った以上、その損害と牽連一体をなす損害であってその当時において発生を予見することが可能であったものは全て被害者においてその認識があったものとして、全部の損害について消滅時効が進行する(最高裁昭和四二年七月一八日判決〔民集二一巻六号一五五九頁〕参照)というべきところ、原告らが主張する、被害者の精神・肉体において深化し、時間の経過とともに却って深刻化するという強姦被害は、右のとおり、結局は、精神的・肉体的損害が癒されないまま継続している状態を述べるに過ぎないものというべきであり、各強姦行為がなされたという当時において発生した損害と牽連一体をなしその当時において発生の予見が可能であった損害の域を出るものではないというべきである。
したがって、右原告らの主張を採用することはできない。
(三) 「権利濫用」の主張について
(1) 原告らは、原告春子が本件宗教団体による呪縛から逃れ、物理的にも精神的にも完全に離れ、事実を客観視することが可能となった一九九六年(平成八年)二月時点までは、同原告が加害者である被告に対して損害賠償請求を行うことは事実上不可能であり、そのような事態を利用してきた被告において時効を援用することは著しく社会正義に反し許されず、また、被告が、宗教団体の(名誉)会長と一会員(信者)という関係を悪用して、原告春子を損害賠償の追及をすることが不可能な状態においておきながら、右損害賠償請求につき時効を援用することは、民法一条三項が禁止する権利の濫用に該当し許されないと主張し、右信義則違反又は権利濫用を基礎付ける事実として、主として前記一1(二)(3)記載の各事実のうち①ないし⑯、及び二2(一)(2)イ記載の各事実を主張する。
(2) しかしながら、仮に右各事実が存在したとしても、本件不法行為の態様、当事者をめぐる種々の関係、被告の行態(特に、本件においては、原告春子による損害賠償請求権の行使が被告により客観的・直接的に妨げられていたものとは言い難いこと)、その他本件弁論にあらわれた一切の事情に照らしても、被告による時効援用権の行使が、社会正義に反して許されないものであるとか、又は著しく公平に反するものであると断ずるについてはいまだ疑問が残るのみならず、以下に説示するとおり、遅くとも平成四年五月ころ以降においては、原告らが本訴を提起するに障害となる事由は存在せず、被告が時効の援用権を行使したとしても、それが信義則に反するとか権利の濫用に該当するということはできないものというべきである。
(イ) 原告らが、本訴の提起が不可能であった理由として、本件宗教団体における会長、団体の地位の絶対性をあげて、そのような団体あるいは会長に反逆することに対しては種々の厳しい制裁(教義における制裁、信仰を喪失する制裁及び現実的制裁)が待ち受けていたなどと主張していることは前記のとおりである。
しかしながら、他方で原告らは、絶対の地位を有するという被告に対し、原告春子が、平成四年五月八日には、原稿用紙二一枚に認めた私信を速達で郵送して三度にもわたる強姦行為等に関して抗議をし、これに対し同月一四日に北海道創価学会に呼び出されて役員の辞任を要求され、翌一五日には役員を解任されながら、同月一八日には、再び被告に対し書留速達郵便を「私は絶対に貴女を許さない。」と記して送ったなどと主張しているのも前記のとおりである。
(ロ) したがって、先に説示したとおり、原告らの右主張を前提としても、右抗議等はすなわち、会長に逆らうことにほかならず、とすれば、原告春子は、少なくともその時点において、まさに右種々の制裁を受けることを覚悟のうえ、しかも原告らの主張によれば、その重要な一部が現実化しているにもかかわらず、敢えて右抗議等に出たことになるのである。
そうすると、原告春子は、遅くとも右平成四年五月の時点では、本訴提起に踏み切ることが可能であったはずのものというべきであり、それ以降、原告春子による本訴の提起を不可能ならしめる程度の特段の事情が存在したことについては何ら主張がない。
(ハ) したがって、原告ら主張にかかる前記信義則違反又は権利濫用を基礎付ける事実を前提にしたとしても、右平成四年五月から消滅時効は進行を開始し、以降三年を経過した同七年五月には、消滅時効が完成するものというべきであり、同八年六月五日に提起された本訴における第一回口頭弁論期日(同年九月二四日)になされた被告の時効援用権行使が、信義則違反又は権利の濫用となる余地はないものといわなければならない。
被告の信義則違反又は権利濫用をいう原告らの主張は、これを採用することができない。
(四) 以上のとおり、仮に原告春子に本件提訴の障害となる何らかの宗教的、精神的な事情(これを「宗教団体による呪縛」と呼ぶかはさておき)又は被告による信義則違反ないし権利濫用を基礎付ける事実が存在したとしても、平成四年五月ころには、右宗教的、精神的事情が全く取り除かれ、かつ、被告による信義則違反ないし権利濫用を基礎付ける事実もまた消滅したことは、原告らの主張自体から明らかというべきであり、右平成四年五月ころから前記本件訴え提起の日までに三年以上が優に経過していること、及び被告が右時効についても援用権を行使する旨の意思表示をしていることは、いずれも当裁判所に顕著な事実である。
したがって、原告春子の旧請求にかかる損害賠償請求権は、いずれも時効により消滅したものというべきである。
3 また、民法七二四条後段の規定は、不法行為によって発生した損害賠償請求権の除斥期間を定めたものと解するのが相当であり、右損害賠償請求権は、二〇年の除斥期間が経過した時点で法律上当然に消滅したことになるものというべきところ(最高裁平成元年一二月二一日第一小法廷判決〔民集四三巻一二号二二〇九頁〕参照)、原告らの主張によれば、被告によって第一回目の強姦行為がなされたのは昭和四八年六月二七日ころというのであり、右時点から現行に至るまでに既に二〇年が経過していることもまた当裁判所に顕著な事実である。
そうすると、右第一回目の強姦行為(不法行為)に基づく原告らの損害賠償請求権は、右除斥期間の経過により、いずれも法律上当然に消滅しているものというべきである。
三 以上によれば、原告らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官満田明彦 裁判官宮武康 裁判官堀田次郎)